【連載】BPMN業務フロー入門(6)BPMN記述標準の必要性

第1章 業務フローの描き方

はじめに

BPMN記述標準の策定を始めてから、もう十数年になります。最初のキッカケはBPMN教育の受講者からのある質問です。「業務フローの整備をはじめたが、人によって業務フローの詳細度が違い過ぎる。同じような業務なのに、ある人はA3で1枚、別の人はA3で10枚の業務フローを描く。大袈裟なのようで実際に起こっている。どうすれば良いか?」という質問です。
しかも「最適な業務フローは1枚でも、10枚でもないと思う。でも何が最適かを明確に説明ができない。」という悩みも持たれていました。
そこから「何が最適かの指針を明らかする」と「その指針で統一感がある業務フローを皆に描かせる」を目指した試行錯誤が始まりました。その成果がBPMN記述標準です。

今回は、BPMN記述標準が必要となる状況を確認しながら、どのような内容を策定すべきを説明したいと思います。

記述標準がないと何に困るのか

まずはBPMN記述標準がないと困ることを以下に列挙します。

  1. 業務フローをどれくらい詳しく描けば良いかわからない(1枚、5枚、それとも10枚)
  2. BPMNは図形が多過ぎて難しい。全ての図形は覚えられない
  3. BPMNは同じ振る舞いを違う図形で描けてしまう。人により使う図形が異なってしまう
  4. 業務フローを書類など様々な図形で飾ることが大切。でも、全く飾らない人が多い。飾り過ぎて見難くしてしまう人もいる
  5. わかりやすい業務フローのためには文字が大切。でも、BPMNは文字の書き方までルール化されていない。ルールがないので楽をする。最低限の文字しか書かない
  6. 業務フローの見やすさにおいてレイアウトや色使いが大切。でも、そのセンスがある人は少ない

1つでも困っていることはありませんか?
1つでも「そこまで考えたことはなかった」と思えることはありませんか?(問題に気付いてない可能性があります)

業務フローをどれくらい詳しく描けば良いかわからない

最適な業務フローの詳細度は、業務フローを描く目的によって異なります。
例えば、新たな担当者が作業手順を理解するための業務フロー、リスク管理部門が業務プロセスをチェックするための業務フロー、その2つは大きく異なります。前者の業務フローを共用することも可能なのですが、そんな細かい業務フローだと、リスク管理部門の人が全社的にチェックすることは非現実的になります。
作業担当者は細かい作業手順まで知る必要があります。作業担当者だけが使用するワークシートを含め、全ての書類やデータを知る必要があります。でもリスク管理部門では、各部門が何をしているかがおおよそわかり、各部門が責任を持つべき成果物を中心に主要な書類やデータを把握する、全社的と考えるとそのような粗さが限界かもしれません。

本連載の第3回では、業務フローを「誰が」、「どのように使うのか」を考えながら階層的な整理方法を決めるという話をしました。それを明確にしてルール化すれば「どれくらい詳しく描けば良いか」という悩みがなくなります。

BPMNは図形が多過ぎて難しい

BPMNはとても欲張りな仕様です。図形が足りないという標準化不足を避けるためか、とても沢山の図形を標準化しています。言い過ぎかもしれませんが、ほとんど使われない図形も標準化されています。
下の図を見てください。それらがBPMNの全ての図形です。

上図では、赤字でバツ印を付けて「記述適合サブクラス」と呼ばれる適合基準に含まれている図形だけを残しています。
適合基準とは、業務フローを描くツールなどが「この図形を含んでいればBPMN準拠と宣言しても良いですよ」というものです(それ以外に「分析適合サブクラス」や「共通実行可能サブクラス」などがあります)。つまり、バツ印の図形がなくても「業務フローを記述するレベルのBPMNツールだと名乗ることができる」ということです。
業務の可視化という良くある使われ方に対応した記述レベルに含まれていない図形がとっても多いですよね。その多さが「BPMNは難しい」という印象を与えています。でも実際には覚える必要がない図形がとても沢山あります。

では「記述適合サブクラスだけを覚えなさい」とすれば良いかというと、筆者はそうはしていません。ちょっとだけカスタマイズしています。
例えば、業務フローに慣れていない人がコールアクティビティや停止終了イベントを使いこなすのは難しいので、それらを使用図形の対象外としたりしています。
複数ページに分かれた業務フローをつなぐページコネクタである「リンク中間イベント」は記述適合サブクラスに含まれていません。それはおそらく階層的な整理により最上位プロセスや各サブプロセスを1ページに収める手法を前提としているためだと思われます。でも、業務フローに慣れていない人にそのような手法を強要できないので、リンク中間イベントを使用図形に含めたりしています。

適合基準はとても良い目安となりますが「その通りにしなければいけない」というものではありません。適合基準を参考に、業務フローを描く人の力量などを考えながら、これだけ覚えれば良いという図形を明らかにしてください。

BPMNは同じ振る舞いを違う図形で描けてしまう

下の図を見てください。全て同じ振る舞いを表すものです。描く人の好みでどれを使ってもかまいません。
BPMNにはそのような冗長性があるのです(なぜそうなっているか、筆者が思う理由は長くなるので書きませんが、別の機会があれば、、、)。

一人で全ての業務フローを描くならば好みで良いのですが、そうでなければ人によって描き方が異なる状況になってしまいます。皆が同じ描き方になるようにルール化する必要があります。

業務フローを書類など様々な図形で飾ることは大切

BPMNは、業務フローを描く人が自由に図形を追加することができます。例えば、パソコンや配送物などの図形を増やして業務フローを飾ることができます。増やした図形は下図のように関連を使って業務フロー上に配置します。

業務フローは作業の流れを描くものなので、アクティビティをシーケンスフローでつないだだけで満足してしまいがちです。でも、様々な図形で飾ると、とてもわかりやすく使い勝手の良い業務フローになります。
とはいえ、飾り過ぎるとかえって見難くなってしまいます。何を飾るべきかをしっかりと考えながら必要なものだけで飾る必要があります。
本連載の第4回では「問題発見のためのチェックポイント」という話をしました。問題発見というように業務フローの利用目的が決まれば、業務フローでどのようなことを確認したいのかも決まります。確認したいことを「このような図形を使って描きなさい」とルール化すれば、皆が必要なことだけを同じ図形を使って描いてくれるようになります。

わかりやすい業務フローのためには文字が大切

本連載の第4回では「ネーミングルールを工夫する」という話をしました。問題発見という目的を題材として、業務フローにおける文字の大切さを伝えました。
BPMNの仕様書には文字の書き方まで示されていません。自由度が高い分、コツも沢山あります。コツを記述標準として可視化し、皆が真似るように誘導しています。

業務フローの見やすさにおいてレイアウトや色使いが大切

下図の2つの業務フローは、全く同じ作業の流れを描いたものです。レイアウトの仕方が異なるだけです。
左は、アクティビティが左から右へと時系列に並ぶことを重視した描き方です。右は、できるだけ少ないスペースで業務フローを描くことを重視した描き方です。
多くの業務フローをレビューしてきましたが、どちらを好むかは半々といった感じです。

筆者は、左を好み、それを記述標準としてルール化してきました。単に作業の流れを描くだけでなく、様々な図形や注釈(文字)で業務フローを飾ることが大切だと考えているからです。右の描き方だと、後から飾りたいと思ってもそのスペースがなく、とても面倒くさい手直しが必要になります。
このようなレイアウトのコツはBPMN仕様書には書かれていないので、記述標準として描くようにしています。

まとめ

今まで様々なお客様のBPMN記述標準を作成してきました。その経験から万能な記述標準はあり得ないと思っています。業務フローを描く目的によって最適な描き方が変わるからです。
以下のことを考えながら、最適な記述標準の策定に挑戦してみてください。

  • 業務フローを利用する目的は何か。それを達成するためには何を可視化すべきか
  • 業務フローを誰が見るのか。その人は何を知りたいのか
  • 他者が業務フローを見た時にわかりやすいと感じられる工夫ができているか
  • 業務フローに描くべきこと、描かなくて良いことの区別ができているか
    (大切なことが描かれ、余計なことが描かれないように誘導できているか)
  • 記述標準が業務フローの描き方マニュアルとしても役に立つか
  • 記述標準がノウハウ集となっているか
  • 記述標準を読むのが面倒で、あまり読まれない状況になっていないか